人生をささえるもの

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によって 人の歩みは確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は転んでも 倒れ伏すことはない。が その人の腕を支えておられるからだ。』(詩篇37章23〜24節)

「ドッカーン」。一日じゅう暴風が吹き荒れた日の夜、突然の大音響が響き渡りました。驚いて外に出てみると、屋根のテレビアンテナが倒れていることに気づきました。翌朝明るくなってから調べてみると、アンテナを支えていた4本のワイヤーのうち1本が強風の影響で金属疲労を起こして切れしまい、バランスが崩れたことが原因で倒壊したと分かりました。幸い、屋根そのものや周囲には何ら被害はなく、神様の守りに感謝しました。

この一件は「四隅をしっかりと支えられ、バランスの取れた歩みをしている」ということが、「倒れされないため」にどれだけ大切かを教えてくれたように思いました。そして、このことは、信仰の歩みにおいても同じではないか、と思わされました。

では、私たちの信仰に当てはめてみると、「4本のワイヤー」は何に相当するでしょうか。

1本目は「神を知ること」です。誰であっても、知りもしない相手を信頼したり、あるいは身を委ねることは決してできません。ですから、全知全能の神様がどのようなお方かを、聖書のことばと、祈りとを通して個人的な体験として知っていくこと。これが、信仰者にとってもっとも大切なことです。

2本目は「自分を知ること」です。自らの内面と向き合い、強さも弱さも隠さずありのままに認め、受け止めることです。ただ、やってみると分かりますが、これは中々難しいことです。だれでも、自分の弱い部分は見たくないと思うものです。ですから、自分が受け入れられている、愛されているという実感を持てない人は、なかなか本当の意味で自分を知ることはできないでしょう。だからこそ、1本目の神を知ること、つまり神の愛を知ることが大切なのです。

さて、3本目は「人を知ること」です。クリスチャンとは交わりの中に生きる人です。神は人間を関係性の中に生きるものとして創造されました。ですから、私たちは人との関わりなしには決して満足を得ることはできません。そして、私たちの成長のためには、周りの人から学ぶことが大切です。それには「傾聴」が必要なのは言うまでもありません。教会というところは、そのように「互いに耳を澄ます場所」とも言えます。

そして最後は「神に委ねること」です。どんなに知識や経験を蓄えても、「神を信頼して身を委ねること」ができない人は、実は脆い人だと言えましょう。病気や景気、人間関係、上下関係、災害など、私たちの人生には、自分の力を越えた試練はいくらでもあるからです。それら全てに自力で対処しなければならない、自分の力だけで乗り越えなければならないとしたら、人生は苦しみでしかなくなってしまいます。しかし、神に委ねることのできる人は、港を持つ船のように、安らぐ所を持つのです。

上に挙げた四つの事柄は、どれか一つが欠けても私たちを健全な信仰生活から遠ざけていきます。そう、ちょうどあのワイヤーが切れたアンテナのように、安定して立っていることはできずに、倒れてしまうのです。

ですから私たちは、「私の信仰は四隅のバランスの取れた健全なものだろうか」と日々、心の点検をしつつ、歩んでいきたいものです。