心の胃カメラ

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『神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます。』(ヘブル4章12節)

毎年、職場や自治体で定期健診を受けておられる方は多いと思います。かくいう私も例に洩れず、40代となった今は毎年受けています。ところで、「健診」といえばやはり最大の関門は「胃カメラ」ではないでしょうか。私の場合、今回は4回目であり、例年に比べるといくぶん早めに終わったような気がしましたが、それでも涙目になってしまいました。

そして終了後、「特に問題はありませんでしたよ」という先生のありがたい言葉にホッとしたのも束の間、ふと気づかされたことがありました。それは「人間はこんな大変な思いをして身体の中に問題はないかを調べてもらっているのに、心の中の問題のことは同じくらい熱心に取り組んでいるのだろうか」ということでした。

身体の奥深くにある胃の中で何か問題が発見されると、私たちは不安になります。ところが、人間の存在のもっと深いところにある「心」の問題は、案外そのままにしている人が多いように思うのです。あなたはいかがでしょうか。

冒頭の聖書のことば、「私たちの『心の胃カメラ』は聖書なんだよ」と教えてくれているように感じられます。私たちが聖書のことばに正面から向き合い、それを心の中に深く導き入れていく。そうするとき、その聖書ことばが不思議と私たちの心を照らし、私たちの内にある問題をはっきりと映し出してくれるのです。そして、心を癒してくださる神の元へと、私たちを導いてくれるのです。

日本では、健康に人一倍気を遣い、健診を受け、予防を怠らない人が増えています。それと同じだけの熱意を、いやそれを少し上回る熱意を「聖書のことばによって心や魂の健全さを保つ」ために用いていく。

そうすれば、あなたの人生はさらに祝福されたものとなり、また少々のことには動じない生き方ができるようになるのです。

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