心が堅くなる前に

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frosted plant leaves

『主に帰れ。そうすれば、主はあわれんでくださる。私たちの神に帰れ。豊かに赦してくださるから。』 (イザヤ55章12節)

「神のところに帰るなら、早いに限る。遅くなればなるほど大変になる」。

このことを痛感したのは冬のある大雪の日でした。

雪かきをしていると、教会の駐車場を車が横切っていったようで、わだちが付いていました。そこはタイヤに踏まれて堅い氷のようになっていて、スコップが引っかかってしまうのです。

四苦八苦しながら剥がそうとしましたが、結局、あまりにも労力がかかるがゆえに、あきらめて放置せざるを得ませんでした。

その後、他の部分は全て解けているのに、そのわだちの部分だけはいつまでも残り続けてなかなか解けなかったことは言うまでもありません。

これと同じことが、私たちの心にも言えるのではないでしょうか。

私たちも、もし心にわだかまりや負い目があるならば、そのままにしないですぐに神のところに差し出して、神の温かい光を心に受け、そして当事者である相手と和解する事がとても大切なのです。

時が経てばたつほど、それは生活のさまざまな重荷によって押しつぶされ踏みつけられ、いつしか氷のように堅く冷たくなって私たちの心に残り続けることになってしまうのです。一度そうなってしまうと、それを解かすのは非常に骨の折れることになります。ちょうど、あの駐車場の堅くなった氷のように…。

もちろん、神はそのように堅くなってしまった負い目やわだかまりをも溶かすことがおできになります。

けれども、そうなってしまう「」に処理することができるなら、私たちは勇気を出してそれを行うべきです。神のもとに帰るのを遅らせるなら、その分だけ氷が解けるのが遅くなり、心の痛みは深まることになるからです。

あなたはいかがでしょうか。あなたの心の痛みや葛藤が堅い氷になる前に、いま、神に立ち返ろうではありませんか。

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