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なぜ教会に通うのか

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『一つのからだには多くの器官があり、しかも、すべての器官が同じ働きをしてはいないように、大勢いる私たちも、キリストにあって一つのからだであり、一人ひとりは互いに器官なのです。』(ローマ12章4〜5節)

先日、小学校で授業参観があり、出席してきました。親世代が子どもだった頃とは様変わりして、現在は年に3回も参観の機会が設けられているのです。

内容はグループ学習で調べた内容を発表する発表会で、親たちの前ということもあってか、子どもたちはみな緊張の面持ちでした。

終了後、廊下の壁を見ると壁新聞が貼ってありました。消防署見学に行った時のことをそれぞれが思い思いに1枚の新聞にまとめています。ご丁寧に「社説」まであるのを見て、思わず微笑んでしまいました。

時間があったので10人分くらいの新聞を読んでみましたが、同じ消防署に行き、署員から同じ説明を聞いたでしょうに、書いてある内容は実にバラエティに富んでいるのです。

そして、それぞれの新聞を読めば読むほど、「全体として」この消防署見学がどんな時だったのかが、非常に明瞭になってきたのです。とても新鮮な体験でした。

このことは教会に集っている、一人ひとりのメンバーそれぞれに、そのまま当てはまるのではないかと思います。

私たちは皆、異なる個性を持ち、異なる人生を歩んで来ました。ですから、同じ聖書箇所を読んでも感じることや考えることが違っている場合があります。また、礼拝で同じメッセージを聞いても、それぞれ教えられることや感じることに違いがあるのです。

それで良いのだ、ということです。

消防署見学をした子どもたちの、思い思いの言葉を通して見学の「全体像」が見えてきたように、私たちも互いに違っているからこそ、自分では気づかなかった角度から神様の救いの「全体像」を知ることができるからです。

これこそ「教会に通う」ということの醍醐味です。

あなたが一人で聖書を読み、一人で祈っているだけでは決して経験することのない新しい世界が、教会に行くことで開けてくるのです。冒頭の聖書のみことばは、まさにその幸いを語っているのです。

あなたもぜひ、教会に通ってみてはいかがでしょうか・・?

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