幾枚のマスクに現された愛

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『わたしはあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい。』(ヨハネ13章34節)

少し前に話題になったニュースですが、ある女性がマスクが尽きたため早朝からドラッグストアの行列に並んだところ、自分の一人前で売り切れになったそうです。

諦められず、「入荷未定」と聞きながらも翌朝さらに1時間早く並んだのですが、その時、散歩中の男性が「イベントでもあるのですか」と声を掛けて来たそうです。事情を説明すると「それは大変ですね」と応じて立ち去ります。

ところが40分後に戻ってきた彼は袋に入った6枚の新しいマスクを差し出して「少ないですけど使って下さい」と述べすぐ立ち去ったとのことでした。受け取った女性は感激して市役所にメールで報告し、それがニュースとして報じられたことで私の耳に入ったのです。

何もない「平時」であれば、「たった6枚のマスク」が全国に報じられることは決して無かったことでしょう。しかし皆がマスクを切望しているこの時期にあえて見知らぬ人に与える。これは、なかなかできることではないと思うのです。

しかし、考えてみると、人間に対して神様が期待しておられる「」とは、本来このような愛ではなかったでしょうか。

聖書は「イエス・キリストは私たちの罪ためにご自分のいのちまでも与えて下さった」と語っています。それは、私たちを罪から救い出し、永遠のいのちへと至らせるためです。

この素晴らしい愛を、キリストは「無償」で私たちに分け与えて下さいました。心の手を伸ばし、心の戸を開けて、この愛をただ受け取りさえすれば、それは私たちのものとなる。それが、聖書が語る「福音(良い知らせ)」の実際です。

そして、ひとたびそのような愛を受けたのなら、今度は私たちがその愛を他の人に分かち合っていく番ではないでしょうか。

現在は、新型コロナウィルスに対して誰もが不安を感じている時です。愛に渇いている時なのです。けれども、このような困難な時だからこそ小さな愛が心に染みるのです。

逆説的ではありますが、社会が暗くなればなるほど、愛の光は輝きを増していくということです。

ですから、この困難な時、イエス・キリストの愛を、ただ耳で聞くだけではなくて、実際それに生きていく者となれたなら、それはなんと幸いなことでしょうか。

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