誰が人を造ったのか

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あなたこそ 私の内臓を造り 母の胎の内で私を組み立てられた方です。
私は感謝します。 あなたは私に奇しいことをなさって 恐ろしいほどです。
私のたましいは それをよく知っています。(詩篇139篇13〜14節)

乾いた洗濯物をたたむ」。

単純ですが手間のかかる家事の一つですが、これを自動でやってしまうマシンの開発を目指した会社が、先日あえなく倒産してしまったのニュースに接しました。

その会社の過去のデモの動画を見ると、冷蔵庫の2倍ほどの大きさの機械に洗濯物を放り込めば、AI(人工知能)がカメラで自動的に洗濯物の種類と形を認識し、ロボットハンドが洗濯物をたたむ仕組みのようでした。複雑で高度な仕組みのためか、お値段はなんと「180万円」!でした。洗濯物たたむ専用の機械にこれ程のお金を出せるのは、大富豪だけでしょう。

しかし、このニュースを見たとき私は、180万円の機械にも難しい「一枚の洗濯物をたたむ」という仕事を、小学生ですら簡単にやってのける「人間」という生き物の能力に改めて感嘆を覚えたのです。そして同時に、これほど優れた能力を持つ人間という生物が自然界の偶然の作用だけで生み出されるということは絶対にあり得ない、との思いを強くしました。

実際、あの180万円の機械を見て、それが「偶然の作用で出来上がった」などと主張する人は一人もいないでしょう。それは100%、絶対にあり得ないことです。とすれば、それより遙かに優れた人間が偶然でできると考えるのは果たして理性的と言えるでしょうか? 言えないでしょう。

機械は設計者がいるから登場できるのです。これと同じように、私たち人間にも、設計し、組み立てて下さった創造者なる神がいます。だからこそ、このように複雑で素晴らしい「人間」という生き物が、この世に登場できたのです。

冒頭の聖書の言葉は、そのことを教えています。あなたは、神に創造された、かけがえのない、尊い存在なのです。この聖書のメッセージを、ぜひ握って頂きたいと思います。そうすれば、人生の意味や目的が、そこから見えてくるのではないでしょうか。