リスクに正しく向き合う方法

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『そこで私たちは、私たちの神に祈り、彼らに備えて昼も夜も見張りを置いた。』(ネヘミヤ記4章9節)

リスク」というものはとても繊細な概念です。

新型コロナの人数が報道される度に、あたかもヒタヒタと脅威が忍び寄っているように感じ、不安で心が一杯になってしまうかもしれません。そんなときはどうすれば良いのでしょうか。

一つの方法は、「身近なものとの比較でリスクを評価してみる」という方法です。例えば車の運転のリスクについて考えてみましょう。昨年宮城県で交通事故は5,675件発生し、死亡者数は65人でした。一方、新型コロナウイルスで宮城県で亡くなられた方は、本日現在、2名です。つまり、現在の宮城県では、交通事故に遭う確率の方が新型コロナに罹患する確率よりもかなり高いのです。

では「車は危険すぎるから乗るべきではない」と考えるでしょうか? 多くの人はそうではなく、「しっかり気をつけた上で乗ろう」と考えるでしょう。つまり、車に乗る必要性と事故のリスクを比較して冷静に評価した上で、「乗る」という決断を下しているのです。

新型コロナの不安に対処するには、こうした理性的なあり方も必要ではないでしょうか。

ともすると私たちは「ゼロリスク」を追求しがちです。でも、この病とは今後も長く向き合って行く必要があることが、これまでの経験、またさまざまな専門家の提言から分かっています。そこで私たちにできることは「できる対策を徹底した上で、後は神様にお委ねしていくこと」ではないでしょうか。

冒頭の聖書の言葉にそのヒントがあります。

時はいまから2500年以上前のこと。ペルシャ帝国から解放されたイスラエルの民は、ネヘミヤを先頭に故郷に帰ることが許されました。当時のエルサレムは破壊されており、彼らは安全のために、まず壊れた城壁を修理することから始めなければなりませんでした。

当然ながら、この修理を快く思わない敵からの妨害が絶えずありました。そこで彼ら何をしたでしょうか。冒頭の言葉にあるように、まず神様の守りを求めて祈ったのです。その後で、警戒を徹底しながら修復作業を継続し、最終的には、わずか52日間で修理を完了することができたのです。

つまり、リスクを正面から受け止め、対策をしっかりと行った上で、なすべき事をなそうと、それぞれが意欲をもって取り組んだのです。

誰もがゼロリスクを求めながら、実際にはそれを得られずに不安を感じながら生きるこの時代だからこそ、私たちにはこうした、信仰に基づく前向きな生き方が必要なのではないでしょうか。

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