キリストのもとに憩う

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『すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。 わたしがあなたがたを休ませてあげます。』(マタイ11章28節)

 クリスチャン生活において最も大切なことは、「神にお委ねする」ということです。人生において私たちが苦しみを感じるのは、自分では到底対処できず、太刀打ちできないと感じた時でしょう。「自分は人生をコントロールできている」と感じているうちは、苦しみを感じることはありません。しかし、ひとたび手に負えない出来事が起こると、人は途端に平安を失い、不安や悲しみ、また痛みに押しつぶされそうになります。その時、「コントロールできていた」と思ったのは、実は幻であったことに気づくのです。人間は本当は小さく、また弱い存在だからです。ところが、多くの場合にそこで自分の力で平安を取り戻そうとしてしまい、その結果、右往左往していのではないでしょうか。

 聖書は私たちに「神に委ねる」よう命じます。キリストは「ある程度、自分でメドをつけてから来なさい」とは言われませんでした。むしろ「重荷を負ったまま、苦しみと痛みのただ中で来なさい」と言われたのです。それは「私があなたに代わってその重荷を負おう」という確かな意志の表明なのです。キリストは実際に十字架の上で、その重荷の一切を背負って死んで下さいました。だからこの方は私たちの痛みに寄り添い、折りにかなった助けを与えることができるのです。

 「ありのままでキリストに向く」とは良く言われる言葉ですが、事実、聖書はそう教えているのです。何も持たないで、キリストのもとに憩う。これを心から追い求めようではありませんか。