ピリピ

降りていく生き方

「上昇志向」で動いている現代社会。そのような中で聖書が語っているイエス・キリストの姿は下へ下へと向かっていく歩みでした。一見すると「弱さの表れ」ともおもえるそのような歩みは、実は私たちに大きな希望を与えるものでした。聖書から励ましのメッセージをお話しします。

感謝のこころ

「感謝すること—」。誰もが良いことだと分かっていながら、これほど実行ができていないことも珍しいかもしれません。けれども聖書は一貫して「感謝することのチカラ」を語っています。そして、私たちには「感謝する力」が与えられているとも語ります。では、一体どうしたらそのようなことが可能になるのでしょうか。例話を交えながら、分かりやすくお話しします。

キリストの栄光の豊かさ

「喜びの手紙」と呼ばれるピリピ人への手紙の最終回。これまでパウロがピリピのクリスチャンたちから受けてきた恵みについての振り返り、そして挨拶が続きます。その語り口には、両者がどのようにして信仰の絆を築いてきたかが、はっきりと現れていました。そしてそれは、「教会の交わりとはどうあるべきか」について、確かな指針を与えています。教会が力を失いつつある時代にあって、私たちはもう一度、どのようにしてその力を取り戻していけるのか。聖書から説き明かしていきます。

信仰の秘訣

「秘訣」と聞くと、何やら謎めいた特別なことというイメージを持つ方も多いことでしょう。では「信仰の秘訣」はあるのでしょうか。使徒パウロが今回語ろうとしたのは、まさにそのことでした。多くの「教え」や「秘訣」が世の中に溢れる中で、聖書が語る、信仰の秘訣とはどのようなものなのでしょうか。丁寧に解き明かしていきます。

何も思い煩わないで

ピリピの教会のクリスチャンに対して記した手紙を締めくくるにあたり、パウロは「クリスチャン生活」において最も大切な事柄を簡潔に伝えようとします。それは、繰り返して語られる「主にあって」というフレーズにありました。「喜びの手紙」と呼ばれるほど「喜び」が随所に現れるパウロの信仰者としての生き方を見つめていきます。

わが国籍は天にあり

多くの人が自分のアイデンティティの中核に据えている「国籍」。それが「天」にあるというパウロのことばは、信仰者にとって生き方そのものに大きな影響を与えるものです。「天」をゴールに見つめながら歩む歩みとは、どのようなものでしょうか。聖書のことばから説き明かしていきます。

自分の義から神の義へ

「誇り」や「正しさ」はどこから来るのか—。簡単なようで簡単でないこの問いに、一つの答えを与えてくれているのが今回の聖書箇所です。当時のユダヤ教世界では「エリート中のエリート」であったパウロでしたが、「真に価値あるもの」に気づいたとき、それらのものは色あせていったと言います。移り変わりゆく世界の中で、変わることのない「神の義」とはどこから来るのか。聖書から説き明かしていきます。

同労者の恵み

「喜びの手紙」と呼ばれるピリピ人への手紙の中でも、パウロが個人的な依頼をしている場面から、信仰者の歩みに「仲間」がどれだけ大切な意味を持っているかを見ていきます。大半の人が自分のことを第一にしている世の中で、信仰者の歩むべき道はどこにあるのでしょうか。イエス・キリストの姿に触れながら、その道について説き明かしていきます。

事を行わせて下さる神

別名「喜びの手紙」と呼ばれるピリピ人への手紙は、パウロがローマの獄中にいた時に記されたものでした。「獄中」と「喜び」。互いに相容れないように思えるこの組み合わせでしたが、明確な理由があってのものでした。それは「志を立てさせ、事を行わせて下さる神」が共にいてくださることでした。パウロの信仰の土台にあったこの「共にいる神」の恵みを聖書から説き明かしていきます。

キリストの謙遜を身につけて

「イエス・キリストとはどのようなお方で、何をして下さったのか」。新約聖書の中で最も簡潔明瞭に語っている箇所が今回の箇所です。神でありながら人となり、いのちまでも投げ出して下さったキリストは、なぜそうなさったのか。聖書の言葉に目を向けるとき、キリストの「想い」がよく理解できるようになります。

福音にふさわしく

「私たちの国籍は天にあります」。ピリピ書で最も有名な聖書のことばですが、では「国籍が天にある」とは具体的には何を意味するのでしょうか。今回の聖書箇所は、まさにそういうテーマを扱った箇所と言えます。その核心は「福音にふさわしく生きる」ということでした。信仰者を導く福音の力とはどんなものなのか—。聖書から説き明かします。

生きることはキリスト

「生きることはキリスト」。一見すると謎めいて聞こえるこのフレーズに、パウロはどんな想いを込めて語ったのでしょうか。実はそこには彼のキリストに対する生き方の神髄がありました。救い主であるキリストに人生を委ねきって生きる。クリスチャンとしての至高の幸いを語ります。

祈るたび、思うたびに

「喜びの手紙」の異名を取るピリピ人への手紙のメッセージ第1回。ピリピの教会へのパウロのあいさつと祈りのことばが綴られています。その言葉からは、パウロの信仰者としての自己認識と、ピリピのクリスチャンたちの信仰理解への感謝がありありと感じられました。信仰者として生きるということはどのような意味を持つのか。聖書から説き明かしていきます。

私たちの救い

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